『結城姉妹(仮)』1-6
生後間もない赤ちゃんを管理する一室。沙那は扉を閉めて静かに寄りかかっていた。
『始まったか‥‥。こっちもそろそろ』
沙那はいつもの端末を仕舞い、両手をフリーにして神経を集中した。
淡く発光する右手。沙那が施術で手に入れた魔法に似た不思議な力。
『‥‥そこ!』
一つ。力を薄暗い廊下へ放つ。
奥で青い炎に包まれた人型が一つ。それはやがて存在と生命を共にして燃え尽きた。
『精神力を奪い、燃やし尽くす凶器。魂だけを死に至らしめる。酷いものだわ‥‥』
沙那は改めてこの力に落胆し、しかし気を緩めず廊下を見つめた。
『‥‥後2人』
再び力を込めた一撃が廊下に放たれた‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥。
30分後。
刺客の放った一撃が奈恵の耳元を避け、悠衣の二の腕の下を通り、妹さんの首筋へ蛇行しながら直撃した。
「!」
「チッ‥‥!」
「フッ」
眠っている妹さんはそのまま亡くなった。
しかし奈恵は一撃を放った刺客を潰し、刺客を全員仕留めた事を確認した。
「最後の最後で‥‥」
「安心なさい。彼女の死は決まっていたわ」
「しかし‥‥無念だ」
「気持ちだけ受け取っておくわ。重要なのは子どもよ」
「‥‥解った。行こう」
悠衣は亡骸に処置を施して、奈恵と共に沙那のもとへ急いだ。
「流石にサイボーグには効かないのね‥‥」
最後の1人がまさかのサイボーグで、沙那の力は余り効かなかった。
これには沙那も防戦になるしか無かった。
ジリジリと詰め寄られる沙那。
闇の炎以外に戦闘能力の無い沙那はもはや無力だった。
『ここまでかしら‥‥ゆーちゃん‥‥なえなえ‥‥』
「‥‥‥‥‥‥」
と、サイボーグが歩を止めた。そして、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。
沙那は倒れゆくサイボーグを真っ直ぐ見ながら、向こう側に悠衣と奈恵を見つけた。
奈恵は何かを投げつけた格好で鋭く沙那の方を見つめ、悠衣も厳しい表情で沙那に向いていた。
「ゆーちゃん!なえなえ!」
「間に合った様だな」
「一安心ね」
沙那は倒れたサイボーグを避けて悠衣のもとへ駆け出し抱きついた。
サイボーグの後頭部と背中にナイフが2本刺さっており、しっかり急所へ命中していた。そして、サイボーグは完全に沈黙した。
「ゆーちゃん‥‥ごめんなさい‥‥」
「無事で何よりよ。それより、沙那一人に任せてごめんなさい」
「私が過信しただけ‥‥ゆーちゃんとなえなえが間に合わなかったら、私‥‥」
「実際に沙那は助かったんだ。今はそれで良いだろう?」
泣きつく沙那に悠衣が抱き返し、奈恵が頭を撫でる。
戦闘能力と言えば悠衣もそうそうある訳ではない。気配と存在感を消し闇討ちしたり、自作の機器で特異な攻撃を繰り出す事はできるが、ほとんど支援目的で主戦力にはできない。
戦闘能力に長ける奈恵を最初に引き取ったのはこれが要因で、沙那は自身の補助を目的に選んだのであった。その為、沙那の震えを悠衣は良く理解していた。
奈恵もそんな悠衣や沙那の気持を察しており、戦闘に関しては自身が囮になる事も辞さない覚悟で任務を全うするつもりでいた。
『奈恵一人で私と沙那を守らせるのは限界があるわね‥‥。沙那を引き取って10年は経つし、そろそろもう一人‥‥いえ、できれば二人戦力が欲しいわね‥‥』
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥。
元の時代に無事戻った悠衣達は、赤子をとある孤児院に預け、エージェントに結果報告を行った。
エージェントからは赤子の保護と合わせて2案件として報酬を満額振り込まれ、奈恵は成功祝いとして腕によりをかけてご馳走を披露した。
「なえなえすごい!」
「沙那、依頼は無事に完了した。今回沙那は良くやったからな、特別だ」
「ふふ、そうね。それじゃ、頂きましょうか」
「うん!」
第1話 完