『結城姉妹(仮)』1-1

『ふむ‥‥』

真っ白な広い空間を大小様々な電子機械が所狭しと溢れる部屋。
そんな部屋の片隅でコンピュータ端末に向かいキーボード叩く、白髪で白衣を羽織った齢10歳程に見える小さな姿。白衣からは普段着なのか正装なのか、紺色のブレザーが覗かせている。スカート丈は長く、それが落ち着いた雰囲気を引き立たせている。
結城家長女、悠衣であった。

『この指定ならなんとか‥‥』

悠衣はモニタで電子メールを読んでいた。差出人は仕事の依頼仲介者、エージェントである。
悠衣が受ける仕事は一種の派遣や委託・請負だが、その内容は一般社会のそれ以外を多分に含み、社会を裏から調整してきた。
今回も秘密裏に行うもので、時間帯と場所と内容をスケジュールに照らし合わせて遂行可能か調整していた。どうやら受ける事ができそうである。

『条件付で承諾と‥‥。後は返答待ちね』

――コンコン

「悠衣、良いか?」

両開き扉がノックされ、奥から低い声がマイク音声で室内に響く。ノック音も扉向こうでマイクが拾った音である。

「大丈夫よ」

悠衣の声の後、扉は音も無く開いた。奥には悠衣より少し長身で蒼い髪の少女と、悠衣と同じくらいで茶髪の眼鏡少女が立っていた。
長身の子は黒いレディーススーツで堅く決まっていた。靴は茶褐色のロングブーツで堅苦しさに拍車をかけている。しかし、長い髪を後頭部と末端辺りでポニーテールにしており、リボンが可愛らしさを醸し出し、女の子である事を認識させてくれる。
眼鏡の子は悠衣の白衣の中と同じ様なブレザーを着用し、しかしこちらのスカート丈は膝上という短めに抑えられている。ただ、髪はちょっと調えられておらず、スカートも若干よれている辺りでだらしなさが見えてくる。実際不精なのだが。靴も悠衣と同じという辺りは好みが近いのかも知れないし、悠衣に勧めたのかも知れない。ちなみにブレザーに合わせた学生向けの黒い靴である。
長身の方は次女の奈恵、眼鏡っ子の方は三女の沙那である。

「そろそろ仕事かと思ってな」
「ごめん、メールサーバのログ見てた」
「だと思ったわ。ふふ」

ここで部屋にある大きなモニタがある文面を映した。悠衣が受けた仕事内容である。

「秘密裏に○○総理の暗殺犯を暗殺しろ‥‥か。また穏やかじゃないな。仇討ちとは」
「まあ、あの時期だとねえ。でも、今回暗殺は実行させるのね」
「歴史が大きく変わるからよ。特に総理の死でベクトルが大きく変動したのだから、それを変えると依頼者自身の存在にも影響する事になるわ。流石にそれは避けるみたいね」
「ふむ。それで時空移動は今回大丈夫なのか?前回は1年後に戻ったから食料買い直ししたんだぞ?」
「多分大丈夫」
「多分か‥‥。まあ、戻って来れるだけマシか」
「ゆーちゃんが一生懸命作った装置なんだから文句言わないの!」
「ありがとう、沙那。でも、奈恵や沙那の命を預かる身で失敗は許されるものじゃないわ。全ての責は私にあるから」
「大丈夫!もし失敗しても不老なんだから、時空移動直後までひっそり暮らすだけよ。私はゆーちゃんとなえなえが居ればそれでいいもの」
「ありがとう‥‥」
「全く、沙那は仕方ないな‥‥(まあ、それが良いのだが)」
「今回も3人全員で行くんでしょう?」
「ええ。任務遂行自体はまた奈恵にお願いするでしょうけど、情報改竄は私と沙那がするでしょうから」
「それじゃ、早速準備してくる!」

沙那は一通り確認して部屋から走って出ていった。

「相変わらず沙那は出かける時に、元気になるな」
「仕方ないでしょう?普段はずっとここに閉じ籠もりっぱなしなんだから。奈恵は外でも普通に居られるから買い出しにも行けるけど、沙那は生まれつき弱い子だから環境の悪い現代の外は難しいわ」
「そうだな‥‥。いや、済まない。私も準備にかかろう。では後で」
「奈恵‥‥」

奈恵はばつが悪そうに少し頭を掻き、そそくさと部屋から出ていった。
悠衣はそれを申し訳なさそうな少し暗い表情で見送った。


‥‥‥‥‥‥‥‥。


――これは結城姉妹がまだ3人だった頃の話。
いつもは悠衣が主に裏の仕事を受け、奈恵が実行し、沙那が回りを固める。
沙那が仕事を受ける事もあるが、こちらは殺伐としたものでは無く、穏やかで温かい何でも屋っぽい内容である。
こちらの実行自体もやはり奈恵中心なのだが、大体メイド服を沙那から着せられる。完全に沙那の趣味だ。奈恵はいい迷惑なのだが満更でもない様だ。
家事に一番精通する奈恵にとっては沙那が受ける仕事は朝飯前で、趣味でもある料理をする事も含まれている以上は多少なりともやり甲斐もあった。それだけに邪険にできなかった。
メイド服強制を諦めの領域で従っている事を、奈恵はとある日悠衣に打ち明けている。
ちなみに、沙那の仕事仕入は四女真帆と五女亜由を加えた後も続いている――


‥‥‥‥‥‥。


‥‥‥。


再び悠衣の研究室。
悠衣は白衣を椅子の背もたれに掛けて、端に置かれた装置の状態をチェックしていた。
沙那は特に着替える事もせず、小さい端末を携えていた。これはいつも情報改竄と調整で使われている。太陽光電池を内蔵する為、緊急時も安心だという。
奈恵は洋風の軍服を纏い、脇に小銃とナイフという物騒な姿であった。

「今回もそれでいくのね」
「まあな。歴史上では全員逮捕・処罰されている。私が担当するのはそれを除く無名の暗殺者1人だけだ。確実に射抜いた者、それが今回の対象。特に苦もなかろう」
「それもそうね。今回私の出番殆どなさそうだし、さっさと済ませたいわね」
「そうだな。悠衣、最終チェックは問題ないか?」
「ええ、先程済ませたわ。奈恵、沙那、行きましょう」
「ああ」
「ええ!」


こうして、三人は過去へ飛んだのであった‥‥。